2016年01月17日

神戸震災の思い出

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神戸大震災から21年。
アマチュア無線の大災害への関わりについて、鵜久森さんへのVOICEの取材もあ
り改めて注目されています。
私も震災の日を思い出して、震災当日のログを引っ張り出しました。

いつものように、起床時間直前、町内の犬が異様な鳴き声、直後に下から下から
突き上げるような揺れで飛び起きました。
テレビを付けてもまだ詳細情報は分かりませんでした。
すぐに無線機の前に、Logの片隅には「芦屋市内山小鎚町5−13で家屋倒壊」
「西宮、阪神高速ワゴン横転」の乱筆のメモが残っています。
テレビを見るとヘリから惨状が映しだされていました。
この状況では出勤できないと判断してふたたび無線機の前に、すると2mFMメイン
でJA3GMJ局の非常通信が飛び込んできました。早速コール バックすると「神戸
母子寮が倒壊、多数が下敷きになっている、救急、警察には電話が伝わらない、
救助要請願いたい」とのことでした。
通信終了後、110番。
相手は「ここは大阪や」「近畿管区管区の通信網でも救助を要請してください」
「こっちも忙しい!プッツン」

そこで、ニュータウンの交番に事情説明して救助要請依頼。その足で隣の消防署
に事情を説明して救助依頼要請をしました。
「連絡が付くかは保証できませんが承りました」と要請を受け付けてくれました
が、2時間ほどして「残念ながら連絡がつきませんでした」との事後報 告があ
りました。残念ながら警察からは無しの礫でした。
こんなに警察が役立たずとは・・・・
その翌日から、ボランティアで被災地に食料運搬のトラックを運転して、倒壊し
た高速道路横を通って、長田区へ行きました。
現地の受け入れ責任者から「今にも略奪があるような言葉をかけられ、被災者の
異様な視線を感じながら荷台を開けた途端、被災者からは手伝うよとの 言葉を
掛けられたことを思い出しました。警察も、現地小学校の管理者等々初めてのこ
とで戸惑われたのでしょうか。
今後発生するであろう震災では、アマチュア無線から公的な機関へのゲートウェ
イが整備されることが願われます。その面からもからも大阪狭山市に 「防災
ネットワーク」ができることを願っています。

DE JQ3MZL
posted by OSRC at 16:09| Comment(0) | 日記
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